質問:
世界の中でもなんで日本人だけ目と目を合わせて会話をしないのでしょうか?恋人同士でさえ目をあわせていませんよね。目を見て話して貰えないと私の話に興味が無いのか、忙しいから早く切り上げたいのか、隠し事をしているので見つかるのが怖いのか?と疑ってしまいます。どなたか納得いく答えを頂けますか?
なおふざけた回答はご遠慮下さい。
答え:
日本では偉い人、尊敬する人とは目を合わせない習慣があったから
ではないでしょうか。
時代劇などを見ても許可が下りて「面を上げい!」で初めて
控えていた人は話ができるのでしょう。
それでも決して目を合わせることは恐れ多いことなのでしょう。
昭和になっても天皇の顔写真すら見られない人も多く
いたそうですから・・・・。
時代は変わったといえ遺伝子レベルで代々伝わってきたものが
『習性』と変り、なんとなく目を合わすことに抵抗が
あるようになったものと思います。
なので無意識に身についたものもある気がします。
なんか照れくさいというか、見つめるのも失礼に感じるし、
私自身ずっと見つめて話されると逆に気持ち悪いです。
補足の質問:
有難うございました。この質問・回答は役に立ちましたか?
答え:
そうですね。
海外に住んでいますが、特に若い人たちに感じます。
知らない人だから、親しくしてはいけない、というような雰囲気で、こちらも話をしていて気が入りません。
と、言うよりも、なんだかこちらが馬鹿にされからかわれている気さえします。
きっとシャイなのでしょうけど、限度というものがあります。
他は答える:
世界中を知っているわけではないので日本だけなのかはわかりませんが、戦前までの日本教育がそのように教えてきたせいだと思います。
謙虚さやへりくだる?ことを美学とした日本文化だったのでしょう。
時代の流れとともに変化すると思いますよ。
他は答える:
逆に見られ慣れてない人にしてみると、会話中にあまりにじーっと見られてると、何か自分の顔についてるのか、観察されてるのか、実は目でアプローチしてるのか、と違うように解釈するのではないかと思います(笑)
私も以前そうだったのですが(外国ではかなり意識して目を見て話すように訓練?しました)日本人であまりに見つめて話す人がいると、居心地の悪さを感じます。そういう感覚があるから、(見つめることで相手に居心地を悪くさせないように)目をそらすというのもあるかも。
近接性(人と話す時の距離)が各国で違い、あまりに近い・遠いと不愉快に感じるようなものだと思いますが。
他は答える:
若い頃、アメリカで売り込み営業の仕事をしてました・・・・常に相手に目で訴えてきました
日本に十数年ぶりに帰ってきて、それしきで上司に話をしましたら、はっきりした態度は良くないと指摘されましたよ。
売り込みは謙虚に、伏せ目でないと・・・そういう社会ですから、元気な女性はあまり好まれません。 なんとなく、なよ〜とした女性がオジサンに訴えるようです。 という訳で、へりくだった態度が好きな国民性かもしれない。
他は答える:
狭い国土に暮らしている似たような人種ですし、農村型の生活形態が長い。
つまり言葉や目を合わせて会話するといったしぐさなどなしでも、初対面から互いに「おおよそのことが分かる」民族です。こうした民族はお互いに暗に穏やかなやりとりから「間合いをはかる」習慣があります。
つまりいきなり目と目を合わせ声高らかに会話るようなことは、それこそ仇討ちや戦国時代に戦闘をするときの名乗りだけなのです。
趣味の話、地方なまりがあるかどうか、どのような会社に勤めているかなど、諸々の細やかな部分から相手と自分の関係を推し量るのが日本人であって、いいとか悪いとかの問題とは違うことだと思いますが。
他は答える:
親の教育なんじゃないかと思います。
私は日本で日本人の親に育てられたけど、いっつも「人の話を聞くときはその人の目を見なさい。」とか「人と話しているときはその人の目を見なさい。」といわれて育ったので目を合わせようとします。
学校でもそう言われてた記憶があります。
ちなみに今22才です。
世界の中でもなんで日本人だけ目と目を合わせて会話をしないのでしょうか?恋人同士でさえ目をあわせていませんよね。目を見て話して貰えないと私の話に興味が無いのか、忙しいから早く切り上げたいのか、隠し事をしているので見つかるのが怖いのか?と疑ってしまいます。どなたか納得いく答えを頂けますか?
なおふざけた回答はご遠慮下さい。
答え:
日本では偉い人、尊敬する人とは目を合わせない習慣があったから
ではないでしょうか。
時代劇などを見ても許可が下りて「面を上げい!」で初めて
控えていた人は話ができるのでしょう。
それでも決して目を合わせることは恐れ多いことなのでしょう。
昭和になっても天皇の顔写真すら見られない人も多く
いたそうですから・・・・。
時代は変わったといえ遺伝子レベルで代々伝わってきたものが
『習性』と変り、なんとなく目を合わすことに抵抗が
あるようになったものと思います。
なので無意識に身についたものもある気がします。
なんか照れくさいというか、見つめるのも失礼に感じるし、
私自身ずっと見つめて話されると逆に気持ち悪いです。
補足の質問:
有難うございました。この質問・回答は役に立ちましたか?
答え:
そうですね。
海外に住んでいますが、特に若い人たちに感じます。
知らない人だから、親しくしてはいけない、というような雰囲気で、こちらも話をしていて気が入りません。
と、言うよりも、なんだかこちらが馬鹿にされからかわれている気さえします。
きっとシャイなのでしょうけど、限度というものがあります。
他は答える:
世界中を知っているわけではないので日本だけなのかはわかりませんが、戦前までの日本教育がそのように教えてきたせいだと思います。
謙虚さやへりくだる?ことを美学とした日本文化だったのでしょう。
時代の流れとともに変化すると思いますよ。
他は答える:
逆に見られ慣れてない人にしてみると、会話中にあまりにじーっと見られてると、何か自分の顔についてるのか、観察されてるのか、実は目でアプローチしてるのか、と違うように解釈するのではないかと思います(笑)
私も以前そうだったのですが(外国ではかなり意識して目を見て話すように訓練?しました)日本人であまりに見つめて話す人がいると、居心地の悪さを感じます。そういう感覚があるから、(見つめることで相手に居心地を悪くさせないように)目をそらすというのもあるかも。
近接性(人と話す時の距離)が各国で違い、あまりに近い・遠いと不愉快に感じるようなものだと思いますが。
他は答える:
若い頃、アメリカで売り込み営業の仕事をしてました・・・・常に相手に目で訴えてきました
日本に十数年ぶりに帰ってきて、それしきで上司に話をしましたら、はっきりした態度は良くないと指摘されましたよ。
売り込みは謙虚に、伏せ目でないと・・・そういう社会ですから、元気な女性はあまり好まれません。 なんとなく、なよ〜とした女性がオジサンに訴えるようです。 という訳で、へりくだった態度が好きな国民性かもしれない。
他は答える:
狭い国土に暮らしている似たような人種ですし、農村型の生活形態が長い。
つまり言葉や目を合わせて会話するといったしぐさなどなしでも、初対面から互いに「おおよそのことが分かる」民族です。こうした民族はお互いに暗に穏やかなやりとりから「間合いをはかる」習慣があります。
つまりいきなり目と目を合わせ声高らかに会話るようなことは、それこそ仇討ちや戦国時代に戦闘をするときの名乗りだけなのです。
趣味の話、地方なまりがあるかどうか、どのような会社に勤めているかなど、諸々の細やかな部分から相手と自分の関係を推し量るのが日本人であって、いいとか悪いとかの問題とは違うことだと思いますが。
他は答える:
親の教育なんじゃないかと思います。
私は日本で日本人の親に育てられたけど、いっつも「人の話を聞くときはその人の目を見なさい。」とか「人と話しているときはその人の目を見なさい。」といわれて育ったので目を合わせようとします。
学校でもそう言われてた記憶があります。
ちなみに今22才です。
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