今の社会は学歴社会ですか
それとも実力主義ですか?
ご回答よろしくおねがいします。
答え:
入社時は「学歴」
入社後は「実力」
だけど日本はまだまだ「学歴社会」だと思います。
補足の質問:
入社するまでが学歴ですか・・・
日本も古臭い考えをしてますねこの質問・回答は役に立ちましたか?
答え:
学歴社会です。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
他は答える:
実力主義です。幸か不幸か・・・・・・・
チェビ (-◆-)
他は答える:
ろくでもない会社ほど実力主義。まあ、離職率とか。。ベンチャーとか。
やはり学歴は高いにこしたことはない。
他は答える:
しかし、この知恵袋等にも、「有力大学出」なのに実力主義社会の環境で嘆いている人が居ますからねえ。。。
学歴社会:実力主義社会=○:○の比率で成り立っている、と解します。
※○に入る数字、そこまではワカリマセン・・・!
他は答える:
世の中は、そんな簡単に二者択一で決まるような
もんじゃないと思う。
他は答える:
両方です。
どっちと言えるものじゃないと思います。
近年よく、「これからは個人の時代だ」とか「大学は学歴より、どんな目標を持って如何に取り組んで成し遂げたかの方が大事だ」とか言われます。
しかしこれは所詮キレイ事です。
確かにそれも大事ではありますが、そういうものは最低限の学歴の上に成り立つものだからです。
学歴如何によってはっきり差別だれるのが社会です。
学歴がないとある一定のラインから足切られたりしますから。
年功序列や終身雇用という概念が薄まるにつれ、個人の能力や志が重視・尊重されるようになってきているのも確かですが、それはあくまで学歴があってこそ認められるのが現実です。
もちろん学歴社会の枠外の社会なら関係ないですが。
他は答える:
両方です。
勘違いしている人が多いですが、このふたつは相反するものではありません。
共存できる価値観なのです。
学歴と実力両方兼ね備えた人がいるように、両方の基準で判断されるのです。
他は答える:
↑に同感です。
学歴のある人は学力という実力があります。
他にどういう実力がある事を想定して実力社会と言っているのか?
スポーツの世界は確かに実力主義ですが。
肉体労働も体力という実力主義。
学力を基礎とする研究職などは、学歴はないけれど実力があるというのは稀ですよね。
実力主義と声を大にしている人の多くは、
学力勝負をしたくなくて学力の勝負から逃げる言い訳をしていると思います。
学歴を勝ち取るという事は、学力という実力で勝負して勝った人です。
高学歴=実力でもあります。
学力勝負で負けた人が実力があれば・・と言うのは理解しがたい。
家庭の事情などで受験すらしなかった人は潜在的な能力があるのかも知れませんが。
だから、今の社会は学歴社会でもあり、実力社会でもあると思います。
他は答える:
なかなか正解のない問題でやっかいなテーマと思いますが
折角の質問ですので、考察してみたいとおもいます。
どうでしょう、昭和60年代は学歴社会と言えなくもなかったかなと思います。
当時は、大学卒が5%以下だった頃に卒業した人が50歳になり、
出世した人が多かったからと言えましょうか。
経済成長と共に会社が大きくなり、頭角を表した時代背景もありましょう。
もともと頭脳明晰だったので難しい入学試験に合格したわけで
社会に出てもいかんなく実力を発揮したのでありましょう。
学士という貴重な資格の持ち主だったとも言えます。
それを見た母親たちが「大学を出れば出世できる」という神話を作り上げ
我が子も大学へと叱咤激励したのではないでしょうか。
ただし、平成の今はどうでしょうか。
職種により判断が分かれるような気がします。
サービス職は、学歴よりもその仕事に付随した資格が優先します。
・・・美容師なら美容師の資格が必須なように。
運転手なら運転免許が優先します。
肉体労働は、学歴より体力が優先します。
販売職なら、学歴より人に好かれる笑顔や機転が大事です。
生産工は、手先の起用さが優先します。
事務職の中で頭を使う仕事は、学士の資格があった方が証明になります。
研究職は、その分野に強い大学を出ることが登竜門になります。
管理職は、学士の方がアドバンテージがあるでしょう。
(ご承知のように官僚は特別で、東大が官僚養成校として設立された経緯もあり東大を出ることが登竜門でした。)
なお、現在、「実力とはなんぞや」に関して
万人共通の答えがでていないこともご承知おきください。職業アドバイザーより
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